【動画・開催記】「ロシアバレエとウクライナ侵攻」(2022.9.29)が開催されました。
2022.09.30
ニュース
2022年9月29日(木)、斎藤慶子氏(大阪公立大学)によるセミナー報告「ロシアバレエとウクライナ侵攻」(EES/UBRJ 実社会共創研究セミナー)がオンライン開催された。このセミナーは、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターが2022年度から開始した、「国際的な生存戦略研究プラットフォームの構築」の国際関係・経済部門と文化・言語部門の協力のもとに行われた。
(※セミナーの模様を動画で視聴することができます。こちらをクリックしてください。)
斎藤氏は、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻に対するロシア国民の沈黙について、バレエに関する文化政策を例に考察を行った。戦争開始以降、舞台芸術関係者たちによる戦闘行動停止の請願書など提出されたが、3月4日に、ロシアの軍事行動に関して虚偽の情報を広めた場合に刑事罰が科せられるという改正法案が下院で採択されると、反戦運動は下火となり、ロシア国民の言論が国外に伝わりにくい「沈黙」が起きた。国内の状況と並行して進行したのがロシア文化のキャンセルという国際的なキャンペーンであり、斎藤氏は、ロシア国内の劇場のあり方に大きな影響を与えた可能性を指摘した。5月9日の戦勝記念日において特に目立った動きとして、歌曲「勝利の日」を高等教育機関内で演奏し、その様子を撮影するという文化省の全国的な指示が挙げられる。バレエ団体の「規約」の分析では、複数団体の2011年の「規約」から、各団体が「国家任務遂行」の拒否権を持たないことが明記されるようになったことを明らかにし、氏はそこに文化省の権限の強化を見る。さらに、ボリショイ劇場総裁ウラジーミル・ウーリンの置かれた状況と対比させる形で、マリインスキー劇場総裁ヴァレリー・ゲルギエフの動向を紹介し、バレエを通した国内外での「ソ連型文化政策」と結び付けてゲルギエフの動向を分析した。斎藤氏は、結論として、ウクライナ侵攻後のロシアバレエ界の動向のなかに、ロシアのソ連型社会への回帰とその促進傾向を見出した。
報告に対し、まず、コメンテーターの安達大輔氏(スラブ・ユーラシア研究センター)からは、バレエと国家の関係の深さが印象的だったことが述べられた。安達氏の大きな質問としては、いつから戦争は始まっていたのか、ということである。つまり、ウクライナ侵攻以前から継続していたバレエ界の動向と、ウクライナ侵攻の結果として起きた現象について、より詳細な分析の必要性を指摘した。
本セミナーは、当日の参加者が70人(登録者は100人超)を超えるとても盛況な会となり、斎藤氏の研究テーマの社会的意義が証明された。セミナー参加者の質問やコメントからは、バレエを愛し、日ソ・日露の文化交流に長く携わってきた、多くの人びとの無念と苦悩が感じられた。一刻も早い終戦を願わずにはいられない。
井上岳彦
人間文化研究機構人間文化研究創発センター研究員
北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター特任助教