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【動画・開催記】「東南アジアのジェンダー」(2022.9.27)が開催されました。

2022.09.30

ニュース

 2022927日(火)、シンガポールを中心に東南アジア地域研究・国際関係論に従事されてきた田村慶子氏(北九州市立大学法学部)を講演者に、移民研究を専門とする小川玲子氏(千葉大学大学院社会科学研究院)をコメンテーターにお招きし、EES/UBRJ 実社会のための共創セミナー「東南アジアのジェンダー」がオンライン開催された。このセミナーは、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターの「国際的な生存戦略研究プラットフォームの構築」の一環としても、位置づけられる。

セミナーの模様を動画で視聴することができます。こちらをクリックしてください。)

 田村氏は、「ジェンダーの視点で見る東南アジア近現代史」という題目で講演を行った。これは、『教養の東南アジア現代史』(川中豪・川村晃一編著、ミネルヴァ書房、2020年)のなかで、田村氏が執筆された第12章「ジェンダー」に主に基づくものだという。氏によれば、東南アジアの伝統社会は、東アジアや南アジアに比べて女性の経済的地位が高かった。地域による多様性はあるが、①東南アジアの多くの家族は、父系や母系のいずれでもない、凝縮力の弱い双系親族集団の結合として存在し、②致死率の高い感染症の定期的な流行によって人口が少なく、土地より労働力が重視されため、「女性も外で働いて当然」という社会通念が醸成された。ただし、女性が比較的高い経済的地位にあった伝統社会でも、政治・社会的地位に関しては、男性より低く位置づけられていたことにも注意が必要であることが示された。その後、植民地経験のなかで、宗主国の男女の理想像・性的規範が持ち込まれ、女性に課される性的役割を強化し、女性をより従属的な地位に追いやった。

 さらに、20世紀になると、自治や独立の獲得が優先され、幼児婚や重婚、女子教育の遅れといった社会問題は、社会全体の問題ではなく、「女性の問題」として位置づけられ、後回しにされた。独立後も、女性は労働集約型産業における安価な労働力として経済発展に貢献する、よき労働者として、また、社会福祉予算を減免する家族福祉の担い手として、二重の役割を課せられ強化されていった。1970年代後半~80年代に、国際社会における「ジェンダーの主流化」傾向や東南アジアの民主化運動の結果として、国家政策のジェンダーの視点が入り、女性の地位向上が進みつつあるのは確かだが、ジェンダー格差の是正、ジェンダー平等にはまだ道半ばにある、と指摘する。

 報告に対し、コメンテーターの小川玲子氏は、田村報告が歴史的に俯瞰する形で多様な東南アジアをジェンダーにフォーカスして読み解き、現在もなお縮小しないジェンダー格差を問題提起するとともに、東南アジアの「多様な家父長制」に対する視座を提供した点を高く評価した。小川氏のコメントは、移住ケア労働者の存在に着目したものである。社会学者ホックシールドが指摘した「グローバルケアチェーン」においては、ケア労働がより貧しい地域出身の女性労働者の移住に依存するという再生産労働の新国際分業が起きている。その中で、東南アジアの女性は、生産労働と再生産労働の二重の役割を負わされており、育児・家事・介護などのケアを誰が担うのかが問題となっている。ケアの家族化(女性による無償の労働)と脱家族化(アウトソーシングの2つの方向性、ケアの国家化とケアの市場での購入のうち、後者)の同時進行のなかで、移住女性が安価なケア労働を担うことにより、先進国の福祉支出を肩代わりする役割を担っている。ここで問題となるのは、資本主義が無償労働に依存し、それに立脚して存在する点である。無償の再生産労働は、賃金労働、剰余価値の蓄積、資本主義の機能にとって不可欠であり、家事や育児がなければ労働者が育たないにもかかわらず、再生産領域は低価値に貶められ再生産労働も不可視化されている状態にある。

 多様な東南アジアは、ケア労働者の送り出し国と受け入れ国が併存するという特殊な状態にあり、ジェンダー問題を考える上で移住ケア労働者の存在は大きい。人の移動(とくに移住労働の女性化)とジェンダー秩序、国家とジェンダー、国際規範の国内化の要因、トランスナショナルフェミニズムとアジアの市民社会の関係性について、今後の展望も含めて、4つの重要な質問がなされた。

 このように、「東ユーラシア研究」プロジェクトによるジェンダーシリーズ第2弾は、ジェンダーをめぐる問題をグローバルな論理とローカルな論理で読み解いていくことの重要性を理解する貴重な機会となった。社会主義とジェンダーの関係という点でも、スラブ・ユーラシア地域研究には東南アジア地域研究との議論をいっそう積み重ねていくことが不可欠である。最後に、田村氏からは、ジェンダーの問題について、性別二元論から脱しセクシュアリティの問題と交差させながら、市民社会のあり方とともに考えていく必要性が提示され、今後の研究発展に大きな示唆を得ることができた。 

井上岳彦
人間文化研究機構人間文化研究創発センター研究員
北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター特任助教